JR日田彦山線にゆられて田川後藤寺駅から車で20分ほど。国定公園英彦山のふもと、四方を山に囲まれた高台に目指す場所はありました。広さ1万3000坪という敷地内にゆったりと建つ本社と工場棟。その奥の小高い台地には20本の屋外貯蔵タンクが見て取れます。日食の酢・みりん調味などはここで作られています。昭和7年に創業して以来、時代のニーズに対応しながら一貫して品質にこだわり続けるマルボシ酢株式会社。三代目の星野社長にお話をうかがいました。
「地下130mから汲み上げる英彦山山系の水。この水が酢の生命なんです。」その言葉を社長から聞いた時、この場所に工場がある理由がわかりました。汚染されていない清らかな水は、口に含むとやわらかさが感じられる軟水。金属質が混じった水だと、酸と結合した時に澱ができたり、まろやかな味に仕上がらないのだそうです。英彦山山系の大自然からの恵みを大切にしながら消費者の健康増進に還元していく。そんな企業姿勢が感じられます。
さて、次なるこだわりは原料と製法。一番身近な食酢は、米酢・リンゴ酢といった醸造酢です。「酸っぱさの嗜好も時代とともに変わってきています。戦後は酸味の強い合成酢が好まれていましたが、昭和40年代からはただ酸っぱいだけじゃなく、丸みのある味が求められるようになったんです。当社では昭和42年から、醸造酢を製造するようになりました。」
しかし、醸造酢の作り方もふた通り。原料の仕込み・発酵を機械で短期間に行う速醸法と一年以上の月日をかけてじっくりと製品化する静置発酵法です。マルボシ酢さんの玄米くろ酢は、後者の静置発酵法で作られています。無農薬・有機栽培の玄米とこうじで酒を作り、酢酸菌をうえつけ、タンクの中でアルコールが酸に変わるのを待ちます。この酢酸菌には何百という種類があり、「これだ!」と思うものを選んで使っているそうです。「玄米くろ酢特有のクセを取り除くためには発酵時の空気の管理が大切。気候・温度変化によってタンクの蓋を調整するのがポイントです。」こうして仕込みから発酵まで約40日間を経て、今度は熟成の時を迎えます。この熟成の期間に様々な有機酸が複合し、酸に旨味が加わるのです。
ここまでのプロセスに約一年。厳選された原料と自然の旨味を引き出すためにたっぷりと時間をかけたお酢には、一切の添加物は必要ありません。瓶詰めされた玄米くろ酢を口に含んでみました。お酢特有の酸味は当然ですが、どこかやさしさが感じられる酸っぱさです。これまでは、鼻を刺すような匂いと喉がしめつけられる酸味がお酢の持ち味だと勝手に思いこみ、直接口に運ぶことは無かった私ですが、単に本物のお酢がどういう物か知らなかっただけなのでした。
「仕込み、発酵、熟成・・・。あくまでも生き物を大事に育てるつもりで製造にあたっています。これからも、時代のニーズをつかみながらお酢本来の味と品質を提供していきます。」と語る星野社長。疲労回復や殺菌効果に優れたパワーを発揮するといっても、本物でなければ効果も半減します。醸造酢とラベルに銘打ってあっても、中には合成酢を混ぜた商品が出回っているのが現状です。
「純粋な醸造酢を4倍に薄めた水に食品を浸けると、20〜30分で大腸菌は死にます。生野菜など、この酢水で洗うと安心して食べられますよ。」とアドバイスしてくださいました。お酢というだけで過信するのではなく、安全な原料で丹念に作られたお酢を選んでこそ初めて健康に結びつく。これまで自分にとっては身近な調味料の一つに過ぎなかったお酢が、マルボシ酢さんの取材と星野社長のお話をきっかけにその魅力を発見することができ、得したような気分で帰途につきました。 (取材 / 島 香子)
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